2012年1月13日金曜日

不動産屋が敷金を返さなかった話

不動産屋がなりふり構わず敷金を返そうとしない件について - ○内○外日記ブログ

↑こういう記事があった。

何年か前に僕も似たような経験をしたし、その時に感じたことをネットにさらすことに多少の意味があるかもしれないな、とこの人の記事を読んで思った。

今までに自分を入居人として部屋を借りて、退去まで立ち会ったのは

岩手県滝沢村 アパート 38,000円
岩手県滝沢村 アパート 32,000円
東京都台東区の右上のほうのアパート 45,000円
東京都新宿区の右下のほうのアパート 25,000円
埼玉県和光市のゲストハウス 48,000円
東京都新宿区の左のほうのアパート 98,000円
東京都中野区の右下のほうのゲストハウス 62,000円

という感じ。

僕は部屋に損傷を与えるようなことはしない。
タバコを吸わないし、壁に穴が開くフックとか使わないし、友達が遊びにきて飲んで暴れるようなことがほとんどない。
別に注意深く生活してるわけじゃないけど、結果的にきれいなままで返す。

上記の物件の敷金は、一件を除いて他は半分以上返ってきた。

一番気持ちよく退室できたのは「東京都新宿区の右下のほうのアパート 25,000円」だった。
大家さんが一階に住んでいる物件で

「どうも。部屋が片付きました。確認お願いします」
「いいよ。あんたのこと信用してるから見ない」
「そうですか。今までお世話になりました」

みたいな感じだった。

一番気分が悪かったのは「東京都新宿区の左のほうのアパート 98,000円」だった。
その時の話を書く。

部屋には特に損傷はなかったが、敷金は1円も返ってこなかった。

立会人は不動産屋の社員で、二十代前半の女性だった。
彼女はほとんど汚れていない壁紙を指差して全部張り替えなければならないと言い、それには十万円近くかかると言った。

ちなみに20平米の狭い部屋だから壁の面積も高が知れている。壁紙は普通の白い奴だ。

嘘にしか聞こえなかった。


彼女はおびえていた。
僕がいつキレて怒鳴るか身構えていた。
確かにいじめられっ子の目をしていた。

敷金の回収ノルマとかがあるんだろう。
そうするように上司に指導されているのだと思う。
ふっかけて、怒鳴られて、渋々少し下げて、同情から許してもらう。

僕は言い値を払うと言った。
安宿を借りていることからもわかるように、僕の人生はいつでもお金があったわけじゃないけど、その時は余裕があったから、まあいいかと思った。

彼女はおびえた表情のまま、ほっとした様子すらなかった。
実際、彼女に同情して許してあげたとかそういう行為では全くない。逆だ。
精神のバランスを崩しているようにも見える彼女が不吉で、少しでも関わりたくなかっただけだ。
見捨てたと言ってもいい。

ブラック企業は実在する。
僕はどちらかというと、まともに働いたことのない子供が「ブラック企業」とかいう言葉を使うのを見て失笑してしまう人間だが、確かにそれは実在する。

というわけで、これを読んでいる学生の方はシ○○ハウスには就職しないほうがいいと思う。
悪徳企業の最前線で働くことは、サンドバッグに潜り込むのに似ているかもしれない。

あと、部屋を借りることを考えている人にも、その業者はおすすめできない。
保証人の代わりだからと言って、指定の保証会社との契約を強制し、その保証会社が契約中に倒産したら責任を入居者に負わせてさらに金を払えと言ってきた。
そのあげくに敷金は1円も返さない姿勢である。

そういえば、その業者のオフィスはとてもきれいだった。
新宿駅から歩いていける好立地。
サルヴァトーレのピザは僕も大好きだ。

2012年1月4日水曜日

電子書籍に否定的な作家は出版社と印刷業界に踊らされている


知らない分野の知識が欲しい時、僕はまずWikipediaを一通り読む。
それで足りない時は、Amazonでキーワード検索して、マーケットプレイスで500円以下で売られている中古の一般書を10冊ぐらいぽちる。

3、4日後には定形外郵便でポストに届く。
平均価格250円として、送料250円が加わって、500円x10冊で計5000円の出費。
知識にはそれぐらいの価値はあると思ってる。
金を払う気はあるし、実際払ってる。

10冊買って当たりが1~3冊出ればOK。
はずれ本はすぐに見切ってダンボールに突っ込む。
何箱かたまったらブックオフに二束三文で引き取ってもらう。

はずれの一般書は多い。
同じ分野の本をまとめて買ってみると共通点がやたら目につく。
コピペレポートを読まされる大学教員の立場を疑似体験している気分になる。

作者を指差して「お前の卒論コピペ!」という事実無根の誹謗中傷を「おまえのかーちゃんでべそ」の節に乗せて浴びせてやりたい気分になる。作者が大学に入学して卒業まで至ったと仮定しての話だが、大して学ばなかったのだろう。
そんな本が多い。
梅田望夫事件でネットの一部で有名になった水村美苗の「日本語が亡びるとき」にも、日本で出版されている本はレベルの低い物が多すぎると書かれていた。
同感だ。
卒論コピペは世間に迷惑をかけないからいいとしても、本(一般書)は出さないでほしい。ノイズだから。
自分の頭で独自の考えをまとめることができて、それを上手に言語化できる人だけが本を出してくれると、消費者の立場としてありがたい。
(一般書に限定する話ね。フィクションで勝負する分には誰でもやればいいと思う)

で、最近もある分野の知識が必要で本をあさったんだけど、本当に不作であきらめかけていた。
15冊めぐらいでやっと当たりが出た。
それが本当に求めていた物そのものずばりで、作者の方には感謝を禁じ得ない。

だけど僕の購買行動では作者に一銭も入らない。
僕が支払ったお金は、Amazonと配送業者と古本屋とせどりをやっている個人に分配される。
作者にお金が行かないのは健全なエコシステムではない。
道義的に言えば本を新品で買うべきなんだけど、はずれ本が多すぎてやってられない。
5000円では3~4冊しか買えないし、全部はずれというのは十分ありうる。
現在の状態では、僕の購買行動は合理的だと思っている。

もし日本に、妥当な価格の電子書籍マーケットがあったらどうだったろうか。
作者にお金がまわる形で本を買うことができたはずだ。
僕はそうしただろう。

ここ3年で計5万円ぐらいは僕はiTunesの楽曲ダウンロードにお金を払っている。
CD時代と比べても金額は特に変わらない。

そっちの消費者の立場としても、音楽業界が縮小しているのは、単に世間の娯楽が多様化したからとしか思えない。
CDからダウンロードに媒体が変わったせいではない。
「現物じゃないと満足感がないから金を払う気がしない」とかいう人の中には、昔はともかく今はCDにも大して金を使ってない人が少なからずいるんじゃないかな、という偏見を僕は持っている。

MP3が出始めた頃も、CDと比べて音質が悪すぎるとか、そういうことを言う人はいた。
実際はこんなものだ。
電子書籍と紙の本へのノスタルジーの話も、似たような結果になるんじゃないだろうか。

出版社がはずれ本を粗製濫造するから、古本をかいあさる購買行動が有利になる。
出版社が作者に渡す印税は販売価格の約1割に過ぎない。
電子書籍は出版社と印刷業界の利権を奪う。
出版社と印刷業界が抵抗するのは合理的だ。
でも、作家がそれに同調するのはよくわからない。

Twitterで多数のフォロワーを持つ人気作家とかが「電子書籍だと商売としてお話にならない」みたいな発言をしてるのをよく見る。
あれって、本人たちは先進的な立ち位置だと思ってるんだろうけど、典型的なレイトマジョリティの発言にも見える。

2011年12月16日金曜日

JAVAのenumではまる



public class Hoge {
  public static void main(String[] args) {
    System.out.println("A's member: " + A.A1.MEMBER);
    System.out.println("B's member: " + B.B1.MEMBER);
  }
 
  enum A {
    A1(B.B1);
   
    public final B MEMBER;
   
    private A(B b) {
       MEMBER = b;
    }
 }
 
  enum B {
    B1(A.A1);
   
    public final A MEMBER;
   
    private B(A a) {
      MEMBER = a;
    }
  }
}


参った。
これどうしよう。
上記のソースの実行結果が下記の通り。(OpenJDK 6b20-1.9.10-0ubuntu1~10.04.2による)


A's member: B1
B's member: null
A1が取れてほしいのに、nullになっている。

コンパイラのバグなのか、ランタイムのバグなのか、仕様なのか。
探しても情報が見つからなかった。

たぶん仕様だろうとは思うけど、バグっぽい気がするなあ。
nullになるぐらいならコンパイルエラー出すべきじゃないのかな、これ。

どちらにせよコードを大幅に書き直さないといけない予感。
がっかり。

2011年12月2日金曜日

熊谷育美「詩夕音」


Twitterで「ファンの間でも幻の一枚」というご指摘を頂いたので、自慢エントリを上げてみますw





熊谷育美オフィシャルサイト

小さい文字で「(c) Ikumi's MUSIC 2005」と書かれているので2005年の作品のようです。
裏面を見てわかる通り、CD-Rですね。

その頃に友人と二人で気仙沼にドライブに行き、フカヒレラーメンを食べて帰ってきたんですが、岬の売店で売ってました。値段はたぶん千円。
他にもアマチュアミュージシャンのCDが何枚かあった気がします。

なんとなく僕のテンションが高かったので、適当にジャケ買いしました。
人口が少ない地域の地元ミュージシャンのCDということで、全然期待していなかったのですが、予想外に良かったのでその後も手元に残ってました。

ケースとジャケットをなくしてしまったので、一曲目の「月恋歌」以外は世に出ていないようで曲名もわからない状態ですが、全部で6曲入っています。
アレンジは、ピアノのみか、ピアノ+アコースティックギターです。
おおまかに言えば全部ラブソングですが、甘かったり辛かったりスケールが大きかったりします。
全曲全力投球という感じで、プロのアルバムなら必ず含まれている息継ぎ(あるいはお通し)みたいなゆるい曲がないです。
シングルA面用に作った曲だけ、みたいな感じですね。
ボギャブラリーがなくて申し訳ないのですが、若い魂の叫びが生のままさらけ出されているような感じです。
全部好きですが、3曲目のイントロと、4曲目の歌詞とBメロが特に好きです。

まず驚いたのが、声がすごくいいこと。
どんなプロと比べてもひけをとらない声で、驚きました。

また、歌詞と曲にもかなりの独自性があって「どこかで聴いたような感じ」がしないんですね。
その印象は今聴いても変わりません。
明らかにセンスがありました。

歌詞には、日本語として問題があると思われる箇所がいくつかありました。
詩的すぎるというか、意味が解釈できるべき箇所が本人以外わからないんじゃないか状態だったり、という部分がありました。

唯一の欠点だったんですが、まあ強みと切って切り離せる欠点なのかよくわからないですね。
プロのプロデューサーの下についたら絶対直されるだろうなー。とは思いました。
映画の主題歌に使われた月恋歌は歌詞が変わっていたので、密かに「やっぱり」と思ってましたw

なんでこんなに詳しく当時の感想を覚えているのかというと、その少し後に弟と会ってしゃべったんですね。
弟は元ミュージシャン志望だったので「へっへー掘り出し物見つけてきたぜ」的にCDが4回はループするぐらいの時間、盛り上がりました。
再生開始してすぐに弟は「いやこれレベルが高すぎるだろ」と言った記憶があります。

熊谷育美さんのライブには一度行きました。
これもかなり昔のことです。
桂島の小学校の体育館の無料の催し物に出演するとのことで、出かけていきました。
東京でのプロ活動に専念したい、というような理由でキャンセルされたようで、生で聴くことができず残念でした。

去年、「帰りたいよ」という曲を聴いて、こんなキャッチーな曲を歌うようになったのかー、と思いました。
だらだらと調子に乗って駄文を書いてしまいましたが、熊谷育美さんの今後のご活躍を七ヶ浜から応援しております。

2011年9月28日水曜日

タブレットデバイスはノートPCを置き換えるしかない


先日、幡ヶ谷のラーメン屋でGalaxyTabをいじっていたらバイトのにーちゃんに

「それiPadすか?」
と言われた。

「いやこれGalaxyTabすね」
と答えたが、ピンとこない様子だった。


どうしてiPadだけ知っているのかというと、名前がiPodに似ているからだと思う。
iPodなら誰でも知っている。
若者で、自分はiPodを持ってないし、iPodを持ってる友達が一人もいない、という人は極めて少ないだろう。
iPodの次に流行りそうなイメージなんだと思う。


そういえばIT業界の外の人で「iPhone」「Android」「スマートフォン」の概念を理解している人に会ったことがない。

「アンドロイドはauで、ドコモはギャラクシー、iPhoneはiPhoneだよね? スマートフォンは何?」
と言われたことがある。
そもそもOSの意味なんて知らなくても不都合なく生きていけるし無理もない。

この次元だと、性能の比較すらしてもらえない。
Androidタブレットの立場は絶望的だ。
圧倒的なネームバリューを持つiPadが有利だ。


でも、それでみんなiPadを買うかというと微妙だと思う。
買った人でも、家に置きっぱなしでお蔵入りのケースが少なくないはずだ。

スマートフォンと用途がかぶる物を両方持ち歩くなんて、一般的な感覚では面倒だろう。
僕も一台きりの音声端末としてGalaxyTabを使っているのであって、二台持ちはしたくない。

今は「ガラケー + タブレット」という組み合わせでニーズがあるが、このままではガラケーが滅ぶのに従って市場が縮小していく。
ビジネスマンや学生が持ち歩くノートPCの市場を食って逃れるしか、生き残る道はないだろう。

そう考えれば「どこでもリッチなエンターテイメント」ではなくて、固い方向でアピールする売り方のほうが良さそうな気がする。
タブレット向けにゲームを最適化するメリットはあんまりないかもしれない。

2011年9月22日木曜日

魔法少女まどか☆マギカに絡めて人格を語る(中編)


中編です。
この記事を書いた時点で、第7話まで視聴しています。


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さやか、マミ、ほむら、杏子の4人の人格について考えてみる。

前の二人、さやかとマミの人格は似ている。差は少ない。
世間一般で「良い」とされている物の見方で世界をとらえている。

社会に適応する上では有利だが、脆弱だ。
肝心な時に借り物の地盤が崩れて、世界に裏切られることがある。


後の二人、ほむらと杏子の人格はよく似ている。
表面的な違いが少しあるだけだ。

この二人は自分で組み上げた倫理を持っている。
なので周りの人間の評価によって自己の存在意義を揺さぶられる程度が小さい。
孤独を運命づけられており、社会不適応にもなりやすい。
全て自己責任だから、裏切られることはない。


9/28 後編を書くのやめました。

2011年9月21日水曜日

魔法少女まどか☆マギカに絡めて人格を語る(前編)


「魔法少女まどか☆マギカ」を見ていない人には意味がわからないので、このエントリは飛ばしてください。
僕も現時点で第6話までしか見ていません。


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まどか、さやか、マミ、ほむら、杏子の5人を考えてみると、まどかだけが未完成で、他の4人は人格が完成している。
よほどのことがない限り、ずっと変わらないと思う。

大人は外界からの刺激を「敵だ」「味方だ」「面白そう」「難しそう」「私とは関係ない」などと分類し、それに対してパターン化された反応を示す。
この分類の仕方や、反応の仕方が人間の外界に対するインタフェースであり、ようするに人格の主な部分だ。

大人は、自分を取り巻く状況を単純化して把握する。
時には安易に決めつける。
そしていくつかのパターンから自動的に選択された反応を返す。

車の運転に慣れた人がいつもの道を行く時、あまり頭を使わなくて済む感覚に近い。
悪いことじゃない。


まどか以外の4人は、自分を取り巻く状況を安易に決めつけ、それに対して自分が知っているやりかたで対処しようとする。

まどかだけが、情報をなるべく生のまま受け入れようとする。
人間としては未熟なやりかたで、だから彼女は登場人物の中で一番幼い人格を備えている。

それはある意味ではいいことで、人格というものは早期に固まってしまうよりも、完成を遅らせたほうが良い結果を生むことがある。
まどかはこの中で一番深みのある人間に成長する可能性を秘めている。

まどかは、物語時点の人格から逆算しても、羨ましいぐらい安全な恵まれた家庭で育ったに違いない。安全でない環境では早く大人にならないと身を守れない。
実際、作品中にもそのように描かれている。
結構リアリティ(?)はあるよね。